峠を往く ~プロローグ


人は如何にして峠を越えてきたのか。この連載では、交通機関の変遷と地形図を組合せつつ、その時々の政情・歴史に鑑みながら、“峠越え”を読み解いていく、主人公が峠の大河ドラマです。連載1回目の今回は、プロローグと題して、「峠」の意味と歴史を語る上で重要な論点を復習し、連載の土台を抑えておきたいと思います。

■“峠”その響きに感じる、ある種の不安。

今でこそ、峠を意識して旅行することは少なくなっているのではないかと思います。
例えば、東海道新幹線に乗れば、東京から大阪まで一直線ですし、東北・上越新幹線にしてもそうです。強いて言えば「トンネルがあるな」と言った感覚を得るだけです。バスや自家用車で高速道路ではなく、国道や県道で他の都道府県を目指す時に、「ああ、日本はこんなにも山があり、そして山を越えていかなければならないのだな」と思い出すでしょう。
その時に、なんとなく寂しい感情や不安を抱く感情が沸き起こるとしたら、それは古くからのDNAに刻まれた情報なのかもしれません。

■社会を隔てる境界であった“峠”

峠という存在を紐解くと、

かつて峠はクニ境であり、その先は異郷の地であった。そのため、峠は、これから先の無事を祈り、帰り着いた時の無事を感謝する場所でもあったことから、祠を設けている所が多い。この祠は、異郷の地から悪いものが入り込まないための結界の役割も果たしていたと考えられる。(Wikipedia())

とあります。つまり安全と危険の境目であったことが分かります。

(また語源を紐解くと、

峠:「たむ(手向)け」の音変化。頂上で通行者が道祖神に手向けをしたことからいう
(goo国語辞典(http://dictionary.goo.ne.jp/jn/155532/meaning/m0u/))

であり、峠を通過していくことは、一つの重大イベント(“今生の別れ”を意識するくらいの)であったとも言えるのではないでしょうか。

■交通機関の革新が峠越えの全てを変えた

しかし、そんな峠も、冒頭の通り、新幹線や高速道路の長大トンネルと長大橋梁により、苦も無く超えていける時代になっています。しかし、今日に至るまでには、
・徒歩の街道から車道へ変更する為の勾配の緩和(の為の、新道建設)
・急勾配を弱点とする鉄路の敷設
・高速化に対応するための道路、線路の線形の変更
など、峠越えのルートは複数回変更になっている峠も多く、そこに人間ドラマに匹敵する歴史が眠っています。

この連載では、時間軸・地形図を意識しながら、峠越えの(激動の)歴史を一緒に紐解いていきつつ、さらに未来どのように変化していくかに思いをはせていきたいと思います。(つづく)